ジュエリーコンシェルジュ原田信之

諏訪貿易が提供しているジュエリーの相続資産の査定・仲介のサイト「宝石ドットコム」の責任者:原田信之のブログ

2014年03月

日本軍とダイヤモンド

ダイヤモンド 松井英一

昭和52(1977年)年12月10日に発行された松井英一著「ダイヤモンド―歴史から選び方・買い方まで―」と言う本があります。
長い間弊社のライブラリーに眠っていましたが、あるダイヤモンドの由来を調べていて偶然に紐解くことになりました。
著者の松井さんは明治から昭和にかけて日本のダイヤモンド業界の黎明期に活躍された方で私も若い頃にダイヤモンド研磨でお世話になった方です。
内容はタイトル通り多岐にわたっていますが、日本軍がダイヤモンド鉱山と関わっていた件が新鮮で興味深かったので抜粋してご紹介します。
ありえない話ですが、当時の状況が続いていたら日本はダイヤモンドの供給国になっていたかと思うと不思議な気がします、
◆ボルネオのダイヤモンドを探る
 私は、昭和一八年四月二九日から九月三日の四か月間ほど、当時海軍省艦政本部の指令をうけて南方占領地の南部ボルネオ、マルダブーラ付近のダイヤモンド採集の実情調査と軍需生産に不可欠のダイヤモンド工具開発のため、神戸港から浅間丸に乗りこみ目的地へ針路を向けました。マニラ港昭南セレター軍港に到着、当地の海軍経理部長、横尾少将を官邸に訪ね、南シンガポールのダイヤモンド研磨工場を数か所見学。(当時五月一二日、官邸で山本元帥戦死の報がはいりました。)
さて、南部ボルネオ地方は地質学上、新生代第三紀で二百万年前、蛇紋岩、鉛板岩、礫岩などの地層でダイヤモンドは鉱管内に保存し、その後地変のためにくずれ流水に運ばれて低地に沈積した砂礫層の沖積層から採集が行なわれたということです。ダイヤモンド含有の砂礫層は四囲九メートル、地下一メートルの層の砂礫中に含まれ、石英、ルビー、サファイヤ、磁鉄鉱、そして金、白金などの貴金属などもみつかる場所ですが、現在の採集場は河底または水路にそって存在しています。昔は奥地にまでダイヤモンド鉱管があったものと推定されます。しかし、この地方ではまだ発見されていませんでした。
主なダイヤモンド鉱床地域は、東ボルネオ地方では次ぎのところがあげられます。
・マルダブーラ河
・マロカ河流域七か所
・マルダブー郡チーヤバカ
・ランドシーランド
・スンガイブッサル
・スンガイリァムカナン
・スンガイリアムキリ
・ハニョイラン
・ペントウク ・西ボルネオランダック河流域七か所
・スリンボ郡マライヤ
・スリンボスムダン
・ナバン郡クアベヘー
・リアムボンチャナ
・ムングウ
・スビラン
ボルネオのダイヤモンド採鉱は、一九三〇年蘭印総督令で採集の規定がなされています。それによるとオランダ政庁は、採鉱については近代的企業化を認めませんでした。したがって産出地方の原住民は生業にもかかわらず原始的な方法に頼っていました。むろん国は増産の奨励策を取らさなかったわけです。日本海軍の占領によりはじめて増産が進められたということになります。
さてここで現地におけるダイヤモンド採鉱のあらましをご報告しましょう。
(1)採集に要する道具
リンカカン、ロタン製の籠、鉄木長方形の水槽、鉄木杭と板木鎚、水揚用バケツ、シャベ ル、木の小枝、アララン草など。
(2)採鉱の組織
地質調査班でダイヤモンド鉱区が決まると採鉱班が組織され、担当割りができ、そして秩 序よく採鉱作業にかかります。従来の採鉱法を基礎にし、改良を加え、増産を計るために一 坑に男女二〇名を一班とし、一メートル四方の角穴を掘り杭打ちをします。この場合、周囲の土壌のくずれを防ぐ作業は男が、女は掘り上げた含有鉱物を一定の場所に運びます。集められた鉱物は木製の舟形水槽に入れ、両足でよくまぜ合せて荒選という作業をやります。それが終ると水溜のある池で待機している作業者にわたし最後の選別をします。
選別する器具はリンガン(木製六〇センチ位の陣笠のような形をしたもの)にダイヤモンド含有鉱物を入れ、水中に浸し洗浄作巣をします。ダイヤモンド原石は、比重が重いので底に沈殿し、リンガンの中には他に、ルビー、ガーネット、金、白金粒などが採集できます。これは俗に「よなき屋」の作業といわれています。
(3)マンドルとカラニー
 マンドルは班の作業員の土人(クーリー)の頭で、各鉱区を担当して監督してまわり作業に必要な材料や道具類を与えるのが役目です。
カラニーは土人の仲間では高級者で事務的才能をもっており一日に採出したダイヤモンドその他の貴重な原石類を記録していくと同時に、マンドルとの横の連絡も受けもっています。
野村東印度殖産株式会社はダイヤモンドやその他の採集原石を買いつけ、現地の海軍軍.政部と連絡して地質調査機械、諸道具類の購入、人員募集計画、採集原石の軍政部上納と内地海軍艦政本部に航空輸送と事務一切をおこなっていました。
当時、大東亜戦争以前から現地でダイヤモンド商として営業していた原住民の中から三〇名を選んでダイヤモンド買付組合員としました。更に九名を厳選し海軍地区域の公任ダイヤモンド買付人に指名したのです。彼らはダイヤモンド採集場に出張し産出したダイヤの原石を公任人に売るのを原則とし、週に一度マルダブーラの郡役所で買付会を催し、野村東印度殖産株式会社は適正価で買い上げ、その代金はキャッシュで南方の軍票によって支払われたということです。
ボルネオのダイヤモンド産出は一八世紀初期に始まり、ブラジル砂産出量が少ないころは印度とボルネオが主要な出産地でした。
ボルネオのダイヤモンド原石は、おおむね八面体か一二面体で、純白色のものは少なく薄黄色ボートなどが出ます。小粒で一カラット以上は稀れです。比較的品質もよく、輝度も高く、産出量は年間三千カラットくらいにはなったといわれています。




第5回 SUWAラフダイヤモンド ジュエリー コンテスト

Rough Diamond Jewlery Contest

今年もこの季節がやってきました。
諏訪貿易が主催している「SUWAラフダイヤモンド ジュエリー コンテスト」の受付が始まりました。
早いもので今回で5回目です。
今年のテーマは「イヤリング(ピアス含む)」です。
ラフダイヤモンドの美しさが引き出され、いつも身に着けられて、世代を超えて受け継がれてゆくイヤリングを募集します。
いつものように使用材料は360度回転する動画で確認できます。
また下見会にて使用材料の現物を手にとって見ることも出来ます。

過去4回の応募要領、審査風景、受賞作品を年毎にまとめたページのリンクがコンテストページの末尾にありますので是非ご覧ください。

応募要領はこちらから⇒第5回 SUWAラフダイヤモンド ジュエリー コンテスト


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