加熱の痕跡あり
「非加熱ルビー」と聞くと宝石好きは値段に身構えます。殆どのルビー、サファイアは加熱処理されて色が改善されています。加熱処理を必要としない美しいルビー、サファイアも極わずか存在します。その稀少性から価格には大きなプレミアムがつきます。特にその透明度や自然光下での発色の良さからビルマ(ミヤンマー)モゴック鉱山産のルビーは大粒になれば価格差は10倍以上になることも珍しくありません。
加熱処理は1,000年以上前注1)に既に行われていました。口でパイプから空気を送り込んで行う原始的な加熱が長く行われていましたが、それでは700度ぐらいまでしか温度が上がらず殆どのインクルージョンは変化しませんので色の改良がされていても加熱の判断は出来ません。その後1980年代初期の電気炉の出現によって1,500〜1,800度注2)での加熱が可能となり幅広く処理されるようになりましたが、幸いこの処理は高温によって大きな変化が生じるため発見しやすい傾向にあります。
一般に「非加熱」と言われているのは「加熱の痕跡なし No Indication of Heating」が正しい表現です。鑑別では加熱が施されているか否かを加熱の痕跡の有無で判断しています。加熱されていても痕跡が残っていなければ実際は加熱されているか否かは分かりません。そのためラボの拡大検査注3)ではある一定の温度で変化するインクルージョン(内包物)を頼りにします。ルビー、サファイアでは針状のルチル(酸化チタン)が60度、120度で交差するシルクインクルージョンが分かりやすいので一つの目安になります。シルクインクルージョンは1,200〜1,350度の熱で融解することが分かっています。しかしシルクインクルージョンが綺麗に残っているから「加熱の痕跡無し」とは言い切れません。
ビルマ(ミャンマー)モゴック鉱山産のルビーにおいて1,200度未満の温度で変化するシルクインクルージョン以外の鉱物が温度によってどのように変化するかをGIAがGems & Gemology 2022 Winter で発表しています。
モゴック鉱山産ルビーに含まれる代表的なインクルージョンのカルサイト(方解石)、マイカ(雲母)、スピネル、ジュルコンを非加熱、600度、750度、900度、1,500度で加熱して顕微鏡写真で撮影して変化を観察しています。中でもわかりやすい例を掲載しました。少し専門的ですが、温度による変化の画像は貴重なので興味のある方はご覧ください。(ブログの画像は小さいのでクリックして拡大してご覧下さい)
注1) Al-Beruni The Book Most Comprehensive in Kowledge on Precious Stones (1989)
注2) コランダム(ルビー、サファイア)の融点は2,040度
注3) 拡大検査の他にラマン分光器や紫外線短波の蛍光反応等の検査も有効
ルチルのシルクインクルージョン。このようなシルクインクルージョンは無処理のビルマ産ルビーの特徴であるが、比較的低温で加熱された石にも見られることがある。
E. Billie Hughesによる顕微鏡写真、視野3mm。
A:中央の大きな透明な結晶は、中央がスピネルであり、右側は液体化したCO2を含むカルサイト結晶
B:背景の色が大きく変化しているのは、亀裂の色が大きく変化しているためです。ルビーのボディカラーは大きく変化していないように見える。
C:右側の結晶が破裂し、表面に小さな穴が開いています。左上には、小さな結晶の周りにガラス状の円盤が見えます。
D: 背景の色が再び変化している。
E: 多くの変質が見られ、いくつかの箇所で部分的に癒着した亀裂が見られる。
E. Billie Hughesによる顕微鏡写真;視野2mm。
A:細長い雲母の結晶の周囲に、小さな結晶がいくつも並んでいる。
B:左上の小さな亀裂を除いては、ほとんど目立った変化は見られない。
C:このシーンは、明らかに熱による変質の跡が見られます。先ほどの亀裂に加え背景の結晶の周りにガラス状の円盤が現れています。手前の雲母結晶の周りには、光沢のある亀裂が目立つ。
D:いくつかの亀裂が癒着し始めている。雲母結晶の周りのガラス質の亀裂は細長い溝ができ、フレーム上部のガラス質の円盤の部分的に治った縁はくびれができ、幅が広くなり始めている。
E: 場面が一変し、溶けたようなガラス質の円盤と部分的に癒着した亀裂が視野全体に見えるようになりました。雲母結晶の中心には動かない気泡が発生している。画像AとBは暗視野照明で撮影したものです。
C-Eは光ファイバーによる拡散照明を加え、亀裂をより明瞭にしている。
E. Billie Hughesによる写真顕微鏡写真;視野1.5mm。
A:カルサイト(方解石)結晶で、非加熱の状態を示す。
B:結晶の周囲にガラス質の亀裂が発生している。
C:亀裂の縁が癒着し始め、曇ったような状態になっている。
D:亀裂がさらに癒着しています。
E:亀裂の癒着に伴い、ガラス質の部分がほとんどなくなっている。一方、カルサイト結晶はより不透明になっている。
F:暗視野照明により、白色化・不透明化しているカルサイト周囲のフィンガープリントの詳細なチャンネルが
わかる。
E. Billie Hughesによる写真顕微鏡写真;視野2.2mm。
A:左側の3つの六角形の結晶は雲母で、右上の結晶はガーネットである。また、この場面では、未溶解のルチルの針と針が交差するように存在し集合を作っている。
B: 4つの結晶のうち、3つの結晶の周りに光沢のある亀裂が見られます。左から3番目の結晶は、最初の2つ
の結晶と同じ雲母であるにもかかわらず、亀裂が見られない。ガーネットは亀裂が見られます。
C: 4つの結晶がすべて変化し、亀裂の端が癒着し始めています。
D:既存の亀裂が拡大し、さらに癒着しているため、さらなる変化が見られます。ガーネットの右側には、新しいフィンガープリント(指紋)ができています。4回の加熱によっても背景のルチルのシルクインクルージョンは変化していません。
E: 亀裂が大きく変質し、曇った部分や滴るような溝が見られるようになりました。左側の3つの雲母の結晶は透明度が増し、いくつかの動かない気泡を含んでいる。背景のルチルのシルクインクルージョンは大きく変質し、部分的に溶解して短く折れた針や点状の粒子になっています。以前は「絹のよう」だった部分が、より透明に見える。
E. BillieHughesによる写真顕微鏡写真;視野3mm。
「非加熱ルビー」と聞くと宝石好きは値段に身構えます。殆どのルビー、サファイアは加熱処理されて色が改善されています。加熱処理を必要としない美しいルビー、サファイアも極わずか存在します。その稀少性から価格には大きなプレミアムがつきます。特にその透明度や自然光下での発色の良さからビルマ(ミヤンマー)モゴック鉱山産のルビーは大粒になれば価格差は10倍以上になることも珍しくありません。
加熱処理は1,000年以上前注1)に既に行われていました。口でパイプから空気を送り込んで行う原始的な加熱が長く行われていましたが、それでは700度ぐらいまでしか温度が上がらず殆どのインクルージョンは変化しませんので色の改良がされていても加熱の判断は出来ません。その後1980年代初期の電気炉の出現によって1,500〜1,800度注2)での加熱が可能となり幅広く処理されるようになりましたが、幸いこの処理は高温によって大きな変化が生じるため発見しやすい傾向にあります。
一般に「非加熱」と言われているのは「加熱の痕跡なし No Indication of Heating」が正しい表現です。鑑別では加熱が施されているか否かを加熱の痕跡の有無で判断しています。加熱されていても痕跡が残っていなければ実際は加熱されているか否かは分かりません。そのためラボの拡大検査注3)ではある一定の温度で変化するインクルージョン(内包物)を頼りにします。ルビー、サファイアでは針状のルチル(酸化チタン)が60度、120度で交差するシルクインクルージョンが分かりやすいので一つの目安になります。シルクインクルージョンは1,200〜1,350度の熱で融解することが分かっています。しかしシルクインクルージョンが綺麗に残っているから「加熱の痕跡無し」とは言い切れません。
ビルマ(ミャンマー)モゴック鉱山産のルビーにおいて1,200度未満の温度で変化するシルクインクルージョン以外の鉱物が温度によってどのように変化するかをGIAがGems & Gemology 2022 Winter で発表しています。
モゴック鉱山産ルビーに含まれる代表的なインクルージョンのカルサイト(方解石)、マイカ(雲母)、スピネル、ジュルコンを非加熱、600度、750度、900度、1,500度で加熱して顕微鏡写真で撮影して変化を観察しています。中でもわかりやすい例を掲載しました。少し専門的ですが、温度による変化の画像は貴重なので興味のある方はご覧ください。(ブログの画像は小さいのでクリックして拡大してご覧下さい)
注1) Al-Beruni The Book Most Comprehensive in Kowledge on Precious Stones (1989)
注2) コランダム(ルビー、サファイア)の融点は2,040度
注3) 拡大検査の他にラマン分光器や紫外線短波の蛍光反応等の検査も有効
Gems & Gemology 2022 Winter表紙
ルチルのシルクインクルージョン。このようなシルクインクルージョンは無処理のビルマ産ルビーの特徴であるが、比較的低温で加熱された石にも見られることがある。
E. Billie Hughesによる顕微鏡写真、視野3mm。
A:中央の大きな透明な結晶は、中央がスピネルであり、右側は液体化したCO2を含むカルサイト結晶
B:背景の色が大きく変化しているのは、亀裂の色が大きく変化しているためです。ルビーのボディカラーは大きく変化していないように見える。
C:右側の結晶が破裂し、表面に小さな穴が開いています。左上には、小さな結晶の周りにガラス状の円盤が見えます。
D: 背景の色が再び変化している。
E: 多くの変質が見られ、いくつかの箇所で部分的に癒着した亀裂が見られる。
E. Billie Hughesによる顕微鏡写真;視野2mm。
A:細長い雲母の結晶の周囲に、小さな結晶がいくつも並んでいる。
B:左上の小さな亀裂を除いては、ほとんど目立った変化は見られない。
C:このシーンは、明らかに熱による変質の跡が見られます。先ほどの亀裂に加え背景の結晶の周りにガラス状の円盤が現れています。手前の雲母結晶の周りには、光沢のある亀裂が目立つ。
D:いくつかの亀裂が癒着し始めている。雲母結晶の周りのガラス質の亀裂は細長い溝ができ、フレーム上部のガラス質の円盤の部分的に治った縁はくびれができ、幅が広くなり始めている。
E: 場面が一変し、溶けたようなガラス質の円盤と部分的に癒着した亀裂が視野全体に見えるようになりました。雲母結晶の中心には動かない気泡が発生している。画像AとBは暗視野照明で撮影したものです。
C-Eは光ファイバーによる拡散照明を加え、亀裂をより明瞭にしている。
E. Billie Hughesによる写真顕微鏡写真;視野1.5mm。
A:カルサイト(方解石)結晶で、非加熱の状態を示す。
B:結晶の周囲にガラス質の亀裂が発生している。
C:亀裂の縁が癒着し始め、曇ったような状態になっている。
D:亀裂がさらに癒着しています。
E:亀裂の癒着に伴い、ガラス質の部分がほとんどなくなっている。一方、カルサイト結晶はより不透明になっている。
F:暗視野照明により、白色化・不透明化しているカルサイト周囲のフィンガープリントの詳細なチャンネルが
わかる。
E. Billie Hughesによる写真顕微鏡写真;視野2.2mm。
A:左側の3つの六角形の結晶は雲母で、右上の結晶はガーネットである。また、この場面では、未溶解のルチルの針と針が交差するように存在し集合を作っている。
B: 4つの結晶のうち、3つの結晶の周りに光沢のある亀裂が見られます。左から3番目の結晶は、最初の2つ
の結晶と同じ雲母であるにもかかわらず、亀裂が見られない。ガーネットは亀裂が見られます。
C: 4つの結晶がすべて変化し、亀裂の端が癒着し始めています。
D:既存の亀裂が拡大し、さらに癒着しているため、さらなる変化が見られます。ガーネットの右側には、新しいフィンガープリント(指紋)ができています。4回の加熱によっても背景のルチルのシルクインクルージョンは変化していません。
E: 亀裂が大きく変質し、曇った部分や滴るような溝が見られるようになりました。左側の3つの雲母の結晶は透明度が増し、いくつかの動かない気泡を含んでいる。背景のルチルのシルクインクルージョンは大きく変質し、部分的に溶解して短く折れた針や点状の粒子になっています。以前は「絹のよう」だった部分が、より透明に見える。
E. BillieHughesによる写真顕微鏡写真;視野3mm。